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<ペーパーバックス・ファン >

サークル「会報」は2001年から書いています。でも作家や小説の好みは人それぞれ違いますから「会報」も相手ごとに気に入って頂けそうなのをと勝手に選んで送っていました。女性には「日の名残り」や「ケン・フォレット」、競馬ファンはもちろん「ディック・フランシス」、クリスチャンとかだと「ペーパーバックと聖書」「ミゼレーレ」といったあんばいに・・で、結局だれに何を送ったんだか分からなくなってしまいました。このサイトに書き込みができるようになる以前、プリントアウトを郵送していた頃の話ですが。
世話役:安部隆雄(昭和34経卒)


ディック・フランシス (Dick Francis)

故英国皇太后の馬に騎乗した競馬の名騎手から、一流のミステリ作家に転進したディック・フランシスは過去何度か来日し、府中競馬場などにも足を運んでいます。当然彼の小説は競馬界の関係者(馬主、騎手、調教師、馬丁、牧場主、獣医、その他競技や市場関係者など)が主役、脇役として登場しますが、この作家の特色のひとつは、ミステリを解く主人公を作品毎に変え同一人物が別の作品に登場することがまずないことです。小説の舞台は競走馬産業が中心になってしまうため、作品毎に主役を変えることでマンネリ回避を図ったのかも知れません。ただこうした主役に共通しているのは、小柄で風采はあがらないが怪我に強く、また残忍な犯人から受けた身体的苦痛にも人一倍耐えることができ、そして怪我からの回復も非常に早いことと、学歴に関係なく頭が良いというずばり作家の願望的分身像です。

もちろん競馬界以外のビジネスについても綿密な調査がされています。たとえば英国のマーチャント・バンクを舞台にした "Banker" (1982)では伝統的なマーチャント・バンク(顧客は企業のみで米国のインベストメント・バンクに相当)の実態から、競走馬保険ロイズ証券のくわしい内容まで極めて詳細な裏付けがされています。また、"Blind Chase" (1979) にでてくる次の記述は、かつて英国病末期にあったイギリスの状況ですが、中高年層のリストラが厳しかった1990年代の日本を思わせる描写です。

Mergers and cutbacks had thrown countless near-top managers like himself straight onto the redundancy heap. At fifty-two, with long success-strewn experience and genuine administrative skill, he had expected that he at least would find another suitable post easily; but door after closed door, and a regretful chorus of "Sorry, Greg," "Sorry, old chap," "Sorry, Mr. Simpson, we need someone younger," had finally thrust him into agonized despair. (Dick Francis "Blind Chase", 1979)


☆ ディック・フランシスには約40の作品がありますが、私の一番のおすすめは "BLOOD SPORT" (1967)(邦題「血統」)です。主人公は情報部(MI5) の人物ですが Linnyという上司の娘が登場します。彼女は17才でちょうど少女から大人へと成長する頃で、そのはざまで揺れる乙女心がなんとも可憐に描かれた小品です。

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ソマリアの海賊

海賊のルーツ・イメージと言えば古い世代はスティーブンソン「宝島」の黒い眼帯に片脚義足の海賊シルバー (Long John Silver)とか18世紀初頭に実在した海賊・黒ヒゲ(Blackbeard, the Pirate)、若い世代だともちろん映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」を想像するのではないでしょうか? 時代背景は16・7世紀の大航海時代以降といった。また、ちょっと歴史にくわしい向きだと、さらに古く8世紀末から11世紀初頭、北欧から広くヨーロッパ各地に現れたバイキングにルーツを求めるかも知れません。(バイキングの特色は侵入地での定着(settlement) が主目的だったので、海上を荒し回る海賊のイメージとはちょっと違うかも知れませんが。)

しかし海賊の本当のルーツはそんなものではないようです。歴史上もっとも古い記録は紀元前1200年代ないしそれ以前の古代エジプト王朝期に幾つも残されています。エジプト人は最初から定着農業の民でしたから歴史上つねに外敵の侵入に悩まされていました。侵略はなにも陸からだけでなく、東地中海を中心に活動していた「海の民」による侵略も激しかったのでした。

「海の民」(the Sea Peoples) はもちろん単一の民族ではなく、古代地中海沿岸全域にわたる複数の海洋民族を指します。彼等の侵略は古代エジプト王朝をおびやかしただけでなく、紀元前1150年頃ミケーネ文明の崩壊もこの「海の民」による侵略が原因と言われます。旧約聖書の有名なダビデが闘ったペリシテ人のゴリアテはこの「海の民」の英雄でした。

ペリシテはパレスチナを指しますが、現在のパレスチナ人とは違います。 こうした古代の海洋民族は地中海に限らずメソポタミア文明の周辺(含イェメン〜ソマリア)にも広がって活動し彼等の生業は海賊であるとともに交易商人でもあったのでした。

現在のソマリア一帯はそうした海賊のルーツ「海の民」の揺りかごのひとつです。人類の歴史は移動民族と定着民族間の侵略、戦いの歴史であり、海洋民族は世界中どこも同じように生活手段として掠奪と交易を使い分けていたのですから、それを抹消しようとするのは歴史を消そうとする愚行と同じことにならないか?・・というのは、やっぱ暴論ですが、昼寝老人の daydream てことで・・。

"The king himself long encouraged piracy to fill his coffers. Now that damnable East India Company decides pirates are discouraging the mercantile trades, and suddenly our heads are on the block," said Captain Blackhawke. (Ted Bell "ASSASSIN" 2004)
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カジノ化?

ウォール・ストリートが投機資金とデリバティブで沸騰していた2003年当時、「これは金融市場の大量破壊兵器だ」(weapons of financial mass-destruction) と斬って捨てた投資家ウォーレン・バフェット(Warren Buffett) は、サブプライム・バブル崩壊直後に "Buy American. I am." と言って Goldman Sachs ($5 b)やGE ($3 b) などターゲットをきめて買いに回っていました。「人がどん欲な時が危ない、人が恐怖に走った時こそどん欲に」(Be fearful when others are greedy. Be greedy when others are fearful.) という格言どおりの行動だそうですが、株の世界にはこの種の名言が掃いて捨てるほどあるのに・・人はいつもバブルにハマリます。

IT証券バブルがはじけウォール・ストリートから逃げ出した投機資金は、石油など商品先物に向かったものの長続きしなかったようです。それで美術品や金細工がもてはやされているとか・・昔どこかの国の財テク、成り金趣味を思わせますが、ロンドンで起っているさまをBBCテレビが報道していました。

ウォール・ストリートから投資銀行が消えたといっても投機資金が消滅したわけではなく、一時的な市場変化が起っただけです。時間が経てば再び形を変えてバブルは繰り返されます。その都度、破産・倒産・夜逃げ・自殺といった悲劇も起るのですが、何度繰り返しても懲りないのは資本主義のシステム欠陥でしょうか?

「投資と投機は違う。」「金融市場は資本調達の場であってカジノ同然の投機資金が支配する場所ではない。」と言うのは19世紀的な発想だそうです・・アタクシなんざそう言われてもホントかな?と思ってしまいますが。

「虚構」と「仮想現実」が支配するのはカジノの世界とばかり思っていましたが、IT商品と金融工学 (Structured Finance) で金融・資本市場をサイバー世界 (cyberspace) に変えたのが近年のウォール・ストリートでした。その虚構が崩れサブ・プライムに端を発した金融市場の大混乱と世界不況ですが、それは21世紀型資本主義システムの始まりに過ぎないのでしょうか?

When things go well, everyone wants to get on the bandwagon. Skeptics are regarded as fools. It's hard for government - or anyone else - to say, "Whoa, cowboys; this won't last." In this respect, the tech bubble (2001) and the housing bubble (2008) were identical twins. (Robert J. Samuelson, "Newsweek" Oct. 27, 2008)

バブルの歴史は17世紀オランダのチューリップ球根投機、18世紀南海バブル事件をはじめ、後になって見れば実にばかばかしいことに踊らされた一種の群衆心理ですが、目前値上りが続く最中は誰もが欲にかられ容易に抜けだせないことを上の記事が指摘しています。そして次ぎの警告も、これまで言葉をかえて何度とくり返されたことなんですが・・

"Those who cannot remember the past are condemned to repeat it."
  (George Santayana "Reason in Common Sense")
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時間と空間 (Time and Space)

(4 billion years ago): the first life shows up
(2 billion years ago): nuclei appear in the cells
(A few hundred million years after that): explosive diversity of life, and more density
(By a couple of hundred million years ago): large plants and animals, complex creatures, dinosaurs
(4 million years ago): upright apes
(2 million years ago): early human ancesters
(Thirty-five thousand years ago): cave painting

If you compressed the history of life on earth into twenty-four hours, then multicellular organisms appeared in the last twelve hours, dinosaurs in the last hour, the earliest men in the last forty seconds, and modern men less than one second ago.
(Michael Crichton "PREY" 2002)

宇宙とかに興味を持つと「時間と空間」の考え方が超ロング・スパンになってしまいます。宇宙レベルはともかく、地球46億年の歴史でさえ人間の存在はほんの瞬間です。それだけになおのこと、その瞬間を振りかえり生きることが大切ではないでしょうか。自分の周りの「空間」が認識できないと距離感や方向が分からないように、歴史という「時間」の知識がないとやはり自分の立つ位置が分からない。

宇宙は必ずしも三次元、四次元の世界とは限らないように(多次元宇宙論参照)人間の判断力も五感がすべて・・ではないでしょう? 大切なのは物を見る心・姿勢。人はそれを心眼と言うかも知れません。言葉では表せない根源的なポイントを見失なわないように、絶えずまわりを見回すことが必要ということでしょうか。

「物理的に在るということと、心理的に在るということは同じではない。声があっても聞こえなければ機能しない。」(今田 寛/前学長)
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トマス・ハリス "Black Sunday"

いきなり92ヤードのキックオフ・リターンからタッチダウンというド派手なプレーで始まった2007年スーパーボウルはコルツがベアーズを下し36年ぶり感激の優勝でした。今年タンパ・ベイでのスーパーボウルはそれほどの派手さはなかったものの第4クォータ残り3分を切ってカージナルスが逆転TDで初優勝を引き寄せたかにみえたのが、タイムアップ寸前残り35秒にスティーラーズが再逆転TDを決め史上最多となる6回目の優勝でした。

なぜスーパーボウルの話かというのは、「羊たちの沈黙」で有名なトマス・ハリスが30年以上前に書いた処女作 "Black Sunday" (1975) がニュー・オーリーンズでのスーパーボウルをターゲットにしたテロ計画というスケールの大きな構想だったからです。

当時まだ冷戦体制の米国本土はテロリストにとってリスクが大き過ぎ、攻撃の対象にはならないという神話があった時代です。このショッキングな小説は1977年に映画化されています。映画は小型核爆弾を使っていますが、小説は広告用の飛行船に積んだ大量のプラスチック爆弾を米大統領が観戦中のスーパー・ボウル・スタジアムで爆発させる陰謀でした。それをイスラエル情報部(Mossad) のエージェントとFBIが寸前にヘリコプターからインタセプトし爆弾のほとんどは目標をそれたため大惨事には至らなかったのですが、映画は小型とはいえ核爆発が起こり大統領は危うく脱出したものの付近一帯は大惨事 Fall-outの場面を描いていました。

全米最大のスポーツ・イベントであるスーパー・ボウルは8万人前後の観客を収容するスタジアムで行われます。そのためセキュリティ・チェックも徹底していますが、30年以上前のこの小説がセキュリティを最大限に強化することにつながったのではないかと思わされました。

トマス・ハリスは1975年から2006年までの31年間に、わずか5冊という寡作な作家です。しかも第2作 Red Dragon (1981) 以降は全部ハンニバル・シリーズですが第一作を筆頭に全作品が映画化されたという希有な作家です。第5作 "Hannibal Rising" (2006) は発売と同時に映画化が決まり封切りは翌2007年でした。

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666は悪魔の数字?

フレデリック・フォーサイス「ジャッカルの日」に登場する国際的暗殺者カルロスの標的はド・ゴール大統領でしたが、この小説を一部下敷きにしたのがネルソン・デミル "The Lion's Game" (2000) です。小説の題名はリビアの暗殺者アサド・カーリルの名 Asad が獅子 (Lion) を意味するところからきていますが、彼の最終標的がレーガン元大統領の暗殺という設定です。アルツハイマーのため引退後に移り住んだロサンゼルスのレーガン邸は旧番地が666だったのをナンシー夫人が『666は悪魔の数字』だからと668番地にかえさせたというくだりがあります。小説はそれ以上なんの説明もありませんが、これは新約聖書ヨハネの黙示録に出てくる数字に由来するものです。

He was granted power to give breath to the image of the beast, that the image of the beast should both speak and cause as many as would not worship the image of the beast to be killed. He causes all, both small and great, rich and poor, free and slave, to receive a mark on their right hand or on their foreheads, and that no one may buy or sell except one who has the mark or the name of the beast, or the number of his name. Here is wisdom. Let him who has under-standing calculate the number of the beast, for it is the number of a man: His number is 666.

黙示録 (Revelation)は全体が謎といわれる不思議な文章で、通常程度の英語読解力では上記13章15節〜18節は、まったくといっていい程わかりません。困ったことに日本語訳の聖書もやはりちんぷんかんぷんです。これはローマ皇帝に迫害されたキリスト教徒へあてたヨハネの獄中からの書で、キリスト教徒以外にはわからぬよう寓話の形を借り、また数字で誰を指すのかを伝えたのだと言われます。His number is 666 が示す獣とは皇帝ネロ・カエサルの名をヘブライ語で書いたばあい、その子音が持つ数字を合計すると666になりネロを指弾したものというのが聖書のこの部分の正解だそうです。それが拡大解釈され映画「オーメン」などで666は悪魔の数字にされたというわけです。

中学高校時代に「オーメン」を観た世代は『666はダミアンだからダメ』というのがジョーシキのようですが・・どこかの国は借金が666兆円!(2001年8月記)(注・ 2000/12時点の数字。/2007年末は838兆円) ペーパーバックを読む上でも時に聖書の知識が役立つというお話でした。


666が悪魔の数字とは限らない、というのももちろんあります。

The weight of the gold that King Solomon received yearly was 666 talents (abt. 25 tons).
(1 Kings 10:14)

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『タフでなければ生きてゆけない・・』

2008年は激動の年(the year of turbulence, world economy downturn)と言われました。となれば2009年は「タフでなければ生きてゆけない」年でしょうか?

1990〜94年当時の経団連会長、故平岩外四氏が好きな言葉というので、あちこちマスコミが取り上げ一躍有名になったのが、この「タフでなければ生きてゆけない。やさしくなければ生きる資格がない。」でした。 レイモンド・チャンドラーの小説は、それまでに何冊か読んでいましたが、このせりふにはちょっと記憶がありません。改めて周りを見まわすと結構チャンドラー・ファンが多いのにも驚きました。一緒に仕事をしていた当時まだ20代の同僚までもが「ギムレットには早すぎる」とか、他の小説に出てくる私立探偵マーロウのせりふを幾つも教えてくれるといった始末。でも、みんな大抵は翻訳を読んでたんですね。(アタリマエ?)

それじゃあてんで、アタクシは『タフでなければ〜』を英語のせりふで確認してやろうと・・当時日本橋にあった丸善書店本店の洋書フロアへでかけました。運良くペーパーバックスの再版が揃っていました。ただ読むだけなら手当りしだいで良いのですが、あいにく探し物があるので計画的に読もうと、以前読んだのも含め時系列的に読むことにしました。

5册目辺りで「多分、最後の小説ではないか?」と感じたのですが、最初の方針をかえないで読み進めました。長篇9冊目レイモンド・チャンドラーが亡くなる前年1958年の小説 "PLAYBACK" の最後の場面にそのせりふはありました。

依頼人の女性が「あなたみたいなタフガイの、どこにそんな優しさがあったのかしら?」と、ため息まじりにつぶやいたのにフィリップ・マーロウが返した言葉。

"If I wasn't hard, I wouldn't be alive. If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive."


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