これまで「KG PEOPLE」にご登場いただいた方の中にも、大学時代ESSに所属し充実した活動ぶりを語ってくださった方がいらっしゃいました。今回は、関学高等部からESSに所属し大学では部長を務め、現在もOB会を積極的にまとめていらっしゃる長安敏夫さんにお話を伺いました。学生時代の思い出はもちろん、OB会の在り方や学生達との交流に至るまで……たっぷりとお話いただきました。
【“ガイジン先生”の思い出】
戦後まもなくの時代に関学中学部へ入学した長安さん。その時代において、学内に何人もの外国人の教師陣がいて直接コミュニケーションをとれるという環境はとても珍しく、また貴重でした。多感な中学時代ゆえ、“ガイジン先生”から受けた影響はとても大きかったそうです。
長安さん:関学の中学部を受験したのは、なんといっても校風に惚れ込んだからです。私が中学生の頃は、ガイジン先生がたくさんいましてね、それまで西洋文化に接することがなかったのではじめて見聞きすることが多かったですね。バンドエイドやライカの35ミリカメラを見たのもはじめてで(笑)、物質的なことはもちろん挨拶から生活慣習にいたるまで様々なことが新鮮に感じられました。入学当初から英語に興味があった私は、積極的にガイジン先生との交流を求めて、ガイジン先生の家に遊びに行きました。そうすることで、西洋の文化を学ぶと同時に自然に英語を勉強する術を身につけていきました。その一例が<歌>でしょうか。英単語を覚えるうえで重要なのはアクセント、歌は大概アクセントが強まる箇所の音程が上がるんですよ。当時覚えたフランクシナトラなどは、今でもカラオケで歌いますね(笑)。
それから、これは後から聞いたことですが、終戦後、伊丹にあったアメリカ空軍が関学に司令部を置くために接収にかかった事があったそうです。その時、関学にいたガイジン先生達が強固に反対し、阻止したそうです。もし当時関学に司令部が置かれていたなら、今の関学の環境はなかったでしょう。ガイジン先生達の関学への愛情に感謝せずにはいられませんね。
【教師陣の真摯な気質】
関学には多くの名物先生がいらっしゃいます。そんな教師陣の真摯かつ熱心な教育は、卒業から数十年を経てもOBやOGによって様々なエピソードとして語り継がれています。長安さんの心に深く刻まれた思い出とは?
長安さん:関学には本当に素晴らしい教師陣が揃っています。先生が親身になって生徒と接してくれるため生徒も素直な気持ちで学ぶことができる、これは関学中高の伝統です。中学部で思い出される先生は矢内正一先生でしょうか。矢内先生ぬきに、関学の中学部は語れないといっても過言ではありません。私は直接クラスを担当していただいたわけではありませんが、一人一人の名前と顔、そしてその人の特技などをちゃんと覚えていてくださるんです。年賀状を出すと、必ず返事がきてその人に合わせたメッセージが書かれている。このエピソードは、どの人に聞いても共通していますよ。矢内先生が常に仰っておられた<生涯学習>も、自分にとって大きな影響を与えられました。
高等部では川辺満甕先生の「品のある英語を話しなさい」という言葉が印象に残っています。川辺先生は大学のESSのOBでもあるのですが、<品格のある英語>とはつまり中身のある英語ということ。1つ表現でもさまざまな言葉があり、適切な単語を選ぶことの重要性について熱心に教えてくださいました。私は高等部、大学とESSで活動しましたが、川辺先生のこの言葉は様々な場面で思い出されましたね。
【寝言も英語】
厳しい活動内容で知られる関学のESS。高等部から鍛えられてきた長安さんは、スパルタともいえる先輩の指導にもくじけず、益々英語にのめり込んでいきました。そして、4回生の時には自らが熱血教師と化して後輩を指導したとか。
長安さん:ESSでの活動は本当に厳しかったですよ。まず、部室では日本語禁止。自分が伝えたい内容だけでなく普段の何気ない会話においていかに英語に馴染むかということが重要で、「言いたいけど、英語が出てこない」時にそこで踏ん張って乗り越えなければ、本当の意味で英語は身に付かないんです。毎年の春休みの合宿も、思い出深いですね。もちろん日本語は厳禁。2日目くらいになると、寝言が英語になるくらいどっぷり英語漬けになります(笑)。こうやって基礎力をつけないと、とってつけたような英語しか話せない。ESSでは、ディベート/スピーチ/ディスカッション/ドラマ/新聞など各ジャンルに分かれています。今は自分のすきな分野だけを選択しているようですが、私の時には全てやらなければならなかった。それだけに、表現力が求められたんです。毎日お昼休みには、日本庭園に集合して4〜5人の班に分かれて英語の特訓をするんです。ESSの活動は自分たちで作ったカリキュラムに基づいて行われていて、その内容は学部の授業なみにビッチリ詰まっていました。当時私は堺市に住んでいたのですが、冬などは朝暗いうちに家を出て、夜帰る頃にはすっかり陽が落ちていました。それほど英語にのめりこんでいましたね。
学生時代に身につけた英語は父親の会社を継いだ時に、大いに役に立ちましたね。自動車の部品を製造する仕事でしたが、ちょうど高度成長期を迎えて自動車産業が活発になった頃でしたので、何の心配もなくアメリカへ営業に行き、現地の人と対等に渡り歩くことができました。
【ESSのOB会活動】
OB会副会長としてESSをまとめている長安さんが、今後の活動で考えていること、学生との交流への思いを語ってくださいました。
長安さん:今、ESSのOBとOGは名簿のうえで約2100人を数えます。そのうち1500人は連絡を行き来していますね。年に一度行われる<OB&OG Get Together>という大きな会合のほか、IXA(Information
Exchange and Activation Seminar)という会を結成して社会人の勉強会のようなこともしています。旅行業界や金融業界、英語教育などその時々にテーマを決めて、OBやOGのなかから各ジャンルのエキスパートたちにパネルディスカッションをしてもらいます。1時間30分ほどのディスカッションのあとに質疑応答を行い、その後はお決まりの飲み会に(笑)。もちろん全て英語ですが、毎回平均して40人ほどは集まりますね。英語という共通の下地を持った異業種の交流は、年齢の枠を越えて勉強になり非常に興味深いですよ。
今後は学生時代に大会で授賞したスピーチを、もう一度OB会で披露するということをやってみたいですね。学生はフリーで参加できるようにして。毎年学生の新任の部長が私のところに挨拶に来てくれますが、今ひとつ積極性に欠けるように思います。貪欲にOBから何かを学ぼうという意気込みが感じられない、現代の若者特有の軽薄短小といいますか。OBやOGをどんどん利用するほどの情熱があれば我々としては協力を惜しまない。せめて、我々の活動に彼らを巻き込めるように、OB会を盛り上げていきたいと思っています。我々はいつでも待っているということだけは、学生諸君に感じていてほしいですね。
【大学は“人財”育成の場】
これからの大学は<大学院大学の時代>と多方面で言われていますが、長安さんのお考えは少し違うようです。大学時代だからこそできる<教育>について、若者へのメッセージを含めお話いただきました。
長安さん:今、社会人として求められていることは何か。専門分野を持ち、社会に出たらすぐに即戦力になることでしょうか?私は専門分野というのは、社会に出てからでもいくらでも身につけられることだと思います。それよりも、人は会社にとって何よりの財産ですから、よき人材=人財こそを会社は求めているのではないでしょうか。関学のMastery for serviceの精神をもっと徹底して追求すべきではないでしょうか。大学は研究機関ではなく、教育機関ですから。関学が<いい学生を輩出する>大学で在り続ければ、常に社会から求められる大学であるはずです。
後輩たちへ贈る言葉は矢内先生の<生涯学習>です。今の若い人は、私からするとどうしてもドライに見えてしまいます。周りの先輩や友人はみな先生だと思う謙虚な気持ちで、大なり小なりを学び自分自身を向上させていってほしいですね。それから、私の年齢になるとつくづく思いますが友達はできるだけ多く持って欲しい。職業や価値観の違いなどによって、年齢を重ねるほど本当の意味で腹を割って話せる友人というのはどんどん減っていくもの。どんどん人と接して、自分を取り囲む環境を自分の手で作っていってほしいですね。
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