"現場主義"をモットーに掲げて電気機器業界へ新風を巻き起こし、時代の先端をリードしてきたシャープ株式会社相談役・辻晴雄さん。
大学卒業から約半世紀を経た今、往時を追想し学生生活の思い出を語っていただいた。「関学に感謝しています」……そんな表現が何度も言葉の端々に表れた。交友録や力を注いだ専門分野のお話がたっぷりと登場する。
【大学入学も現場主義】
大阪の名門・豊中高校に在籍していた辻さん。大学受験では第一希望の国立入学が叶わず、しばらく思案に明け暮れていた。果たして、関学に入学するきっかけは?
辻さん:希望していた大学は国立大学でしたが、受験に失敗してしまいました。滑り止めに受けた関学は合格していましたが、友人のほとんどは国立に入ったこともあり、1年間浪人しようと考えていました。既に入学金も納めた後で、入学式もとうに過ぎていましたがなかなか決心がつかなかったのですね。そんな私を見て、担任の先生「1年でも早く世の中に出るべきだ」と一喝。さらに「君は関学に行ったことはあるのか?ひとまずキャンパスを見てみたらどうか」とも仰いました。先生の言葉に動かされ、上ヶ原を訪れました。学校へ行って、その雰囲気のよさに感動しました。現場に足を運んでよかったと思うと同時に、担任の先生のアドバイスに心から感謝しております。どうやら、私のビジネスのモットーである"現場主義"はこのときから始まったようです(笑)。
【尊敬していた学友たち】 中央芝生にいつもの仲間と集い、時に議論し、時に将来の夢を語り合った。ご友人との思い出を語っていただくと同時に、現役の学生に望むことをお話いただいた。
辻さん:クラブ活動をしていなかった私の交友関係は、もっぱら高校時分の友人が中心でした。母校の仲間をはじめ、豊中高校と親交が深かった池田高校出身の友人など12〜3人のグループでした。みなそれぞれ勉強ができ、遊びもそれなりに盛んでしたね(笑)。彼らを何よりも素晴らしいと思ったのは、自分が楽しむだけでなく相手の立場にたって人を楽しませることでした。率先して、常に周囲の気持ちを考えて行動できる人ばかりでした。まさに、「Mastery for Service」を地で生きている仲間でしたね。1限の授業が終わると自然と中央芝生に皆が集まり、様々な話をしました。今から考えると友人との交流からコミュニケーション力やプレゼンテーション力を学んだように思います。それが、私という人間の形成によい影響を与えたことは言うまでもありません。そうした友人達との思い出は、今も自分の中に生きており、「幸せな楽しい学生生活だった」と感慨深く思い起こさせますね。
今の学生諸君は、授業が終わるとさっさと帰り急いで帰りバイトに行ってしまうなど、本当の意味でのキャンパスライフを楽しんでいないように思います。それは、本当にもったいないですね。また、関学の学生というのは、昔から地元の人との触れあいもあり地域から受け入れられた存在で、こうした風土は現代にも受け継がれていると思います。ただ、いまひとつ積極性に欠けているように思います、ガッツが足りないと言うのでしょうか。後輩達には、もっと自分を前に出して、社会でも活躍してほしいと思います。
【心を豊かにしてくれたリベラルアーツ】
出欠が厳しかったチャペルの時間……と聞いて同窓生の皆様もそれぞれに思い起こす場面があるのでは。辻さんが関学で学び得たリベラルアーツについて伺った。
辻さん:大概の勉強は苦痛には感じませんでしたが、聖書は苦手でした。特にチャペルの授業は厳しかったですね。そのため、キリスト教の精神が自然と身に染まり、知らず知らずのうちに心の肥やしになっていたように思います。人間にとって謙虚さ素直さが大切だということを、何度も形を変えて教え込まれたように記憶しております。シャープの社訓には「誠意と創意」という言葉があります。消費者の立場を一番に考えてモノづくりをする、という精神を素直に受けとめられたのもチャペルでの授業のおかげだと感謝しましたね。
教養課程での思い出というと、関関戦があげられます。当時の関学は野球がとても強く、関関戦の応援は体育の出席に振り替えてもらえたのです。ささやかな目論みもあり、積極的に野球の応援に出かけました。白熱するゲームの勝敗で一喜一憂し、時には悔し涙も流しました。プレイする側も応援する側も一致団結し、場内には"一体感"に満ちていました。今の学生達はいささかクールな性質で、一体感を感じるような機会が少ないのではないでしょうか。また、学生だけでなく、この"一体感"は企業にとっても大切なポイントといえます。学校や企業をあげて、名誉をかけて何かに取り組む体験は、社会に出てから必ず役に立つものです。
【専門分野をいかに身につけるか】
難関かつ厳しいと評判の青木倫太郎教授のゼミで学んだ辻さん。この頃は大学生活のなかでも、本気で勉強に取り組んだ時期だったという。現在の大学教育の在り方とともに、専門分野の力をつける重要性について語っていただいた。
辻さん:勉強に対して本気で入り込めたのは、3年生の頃です。難関の試験を突破して青木倫太郎先生のゼミに入ることができたので、真剣に勉強しましたね。管理会計という言葉の生みの親で、会計学の第一人者である青木先生は、まさに母校のシンボルのような方でした。ゼミはとても厳しいものでしたが実に魅力的でした。頂点に立つ人間でありながら、偉ぶる面がなく、ユニークな講義でした。今でも、その様子は目に浮かびますね。日本で一番の会計学の講義を受けることが出来たのは、本当に幸せでした。関学で学ぶことが出来て本当によかったと思えることの一つです。青木先生の言葉で印象に残っていることは、"会計学は倫理だ"ということです。その事を繰り返し厳しく諭されました。つまり、企業は公明正大でなければならないということです。現在社会では、企業姿勢が問われる事件が多発しています。ニュースを見るたびに先生の言葉を深く噛みしめて考え、改めて先生を偉大に思います。そして、もう一つ常に私の中に留まっている言葉が"隠れたる闘志"です。仕事の面でも、自分の人生においても大きな影響を与え、力をいただいたと思い心から感謝しています。実は、二代目社長である佐伯旭も、青木先生の本を読んで独学で勉強し、事業経営を学んでいたのです。私がシャープに入社した当時、常務だった佐伯から部屋に呼ばれたことがありました。いきなりの呼び出しに驚きましたが、部屋に入るとそこに青木先生がいらっしゃったのです。偶然会社を訪問されたときに、私の名前が出たと言うことでしたが、あの時は「自分が何かしでかしたのではないか」と内心ハラハラして、とても緊張したのを覚えています(笑)。
私の場合は会計学でしたが、これからの大学教育には専門性が不可欠です。よい人材を、いかに社会に送り出せるかが大学の役割となるでしょう。学生自身に競争心を芽生えさせるような授業が求められ、それだけ教授陣のレベルも問われます。将来のビジョンを描きながら、世間から顔の見える学校作りをしなければならないでしょう。学校をあげてその事に取り組み、我々卒業性も協力を惜しまず、生徒がそれに応える。そうした相乗効果を期待したいですね。
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