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健康生き生き

vol.10

心と病気

大井 玄

 前回は心の働きが脳の働きにも影響することについて触れましたので、今回は、実は心は病気を創り出していることをお話いたしましょう。
 病気はどのようにして見つかるのでしょうか。もちろんそれは、どこかが痛いとか、食欲がないとか、だるいとか、目が黄色くなった、発疹ができたといった、「症状」という身体の調子の異常や「徴候」という目に見える差異に気付くからです。
 しかしなぜ気付くのでしょうか。それは心つまり関心がその方向に向くからです。全く同じ現象を見ても、心が向いているかどうかで存在したりしなかったりします。たとえば日本語文化では虹は七色ですが、英語文化では六色、アフリカの旧ローデシアでは三色という文化もあります。つまり同じ虹を見ても、関心があるとそこに「差異」を見出し、今まで存在していなかった言葉(名前)が誕生します。
 心の向け方は、それぞれの社会によって違います。たとえば、雪や氷が生活(生存)に深く関るエスキモーには、温暖な日本にはない何十もの氷雪に関る言葉があります。牛と共に生活するマサイ族も牛のマダラ模様について多数の言葉を創り出してきました。
 さて「病気」がつくられる問題に戻ると、昔も存在していたに違いないのに昔は病名がなかった人生の状態があります。たとえば戦争は大昔からあるヒトの「お気に入り」とも見える行為でした。殺し殺され、傷つけ傷つく過程で、しばしば人の心には深い傷痕が残ります。しかしそれが「心的外傷ストレス障害(PTSD)」という病気として広く認知されたのはベトナム戦争で初めてでした。
 痴呆も昔から老いの一表現として古代ギリシャの哲人も知っていた状態ですが、「痴呆」という名が付けられたのは一九世紀になってからでした。痴呆の代表はアルツハイマー病で、その名はドイツの精神病理学者アルツハイマーが二〇世紀初頭症例報告したことに由来します。ところがアメリカでアルツハイマー病を「病気」として意識するようになったのは一九七〇年代半ばからといいます。一九七五年以来、同病の数は十倍の五〇〇万と爆発的増加を示しています。この「病気」自体が短期間に急に増えることはありませんから、明らかに皆が「気付き」はじめたのです。
 心を向けることが、どんなに凄い現象を生み出すかお判りいただけたと思います。今では、アルツハイマー病のごく初期、「軽度認知障害」という「病名」をつけて痴呆の数を増やしています。
 以上の現象は何を物語るものでしょうか。それは近代社会の人と人とのつながりが断たれた状況で生ずる「不安」の蔓延です。東アジアや沖縄のお年寄りが尊敬されゆったりとした時の流れる農村では、私から見て明らかに重度痴呆と思われる方が、「痴呆」という名も付かないままに静かに暮らしておられます。不安な心が向けられたとき、痴呆も現れてくるのでした。


 

 

 





 
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