vol.18
人生の第六期
健やかな老後は誕生日の禁煙から
私も含め明治生まれの人は、日本の人口の0.7%という少数になってしまった。
1546年に生れたシェークスピアは、52歳で亡くなっている。シェークスピアは、その戯曲「お気に召すまま」の中で人生を七期に分け、乳児から高齢者までの年代の人間をこう語っている。
「さて第六期となれば、ひょろひょろの、スリッパはいた 間抜け爺………よくぞしまっておったのは、若い時分の長 靴下、ちぢんだ脛には、大きすぎ、雄々しい昔の大声も、
またもや子供のかんごえで、笛ふくようにぴいぴいぴゅう ぴゅう鳴るばかり………」 (阿部知二訳、河出書房)
これは、若い時からたばこを吸いつづけた老人の最後の姿とも思われる。昔はやせた老人が多かったが、いまでは太った老人も見うけられるし、また、八十をすぎてもかくしゃくとしている人が多く、シェークスピア時代とは、大がわりである。
しかし、シェークスピア時代の老人に似て現代でも老人の中には慢性の気管支炎や肺気腫のため、いつもピイピイ、ゼイゼイし、少し歩くと息切れがして普通の人についていけない老人がいる。これは公害のために肺がやられるとか、それよりもはるかに多くは長年のたばこの吸いすぎによる慢性はい疾患が大きく原因している場合が多い。
平成14年の日本たばこ産業(株)の調査では、男子は49.1%、女子は14.0%が喫煙者である。成人男子のこの高い喫煙率は、先進国の中で最高水準にある。たばこは老若を問わず、喫煙者の肺や心臓、血管をじわじわ侵す。
たばこの煙の中にある代表的な有害成分は、ニコチンとタール、一酸化炭素である。
ニコチンがからだの中に吸い込まれると末梢の血管を縮め、心臓にも負担を与えて、年若くても狭心症や心筋梗塞を起こす。たばこの中のタールは、この煙が通る咽頭や食道、肺にガンを発生させる。また、たばこの煙に含まれる一酸化炭素は、自動車の排気ガスとほぼ同様の濃度のもので、心臓病をつくる。
以上、たばこにはいろいろと病気をつくる有害物質があるので、若いときから吸い続けていると、からだをすっかり害することになり、健やかな老年時代を迎える夢は消えてしまう。
欧米では、誕生日にはバースデー・ケーキの上に年の数だけキャンドルを立て、誕生を祝われる者がひと息で消すことがおあそびになっている。ひと息で灯を消すことは、あまり幼い子供にはうまくできないが、大人でも、ずっと高齢者や、肺機能の下がった病人では、肺活量や一秒間に強く息を吐き出す力(一秒率)が下がっているので、数本のキャンドルの灯でも、少し離れたところからだとひと息に吹き消すことは難しい。
たばこの吸いすぎなどで肺のはたらきが衰え、少し急いで歩くと息がきれ、またしょっちゅうピイピイ、ゼイゼイいっている人では、孫に加勢してもらってやっとキャンドルの灯が吹き消せる。
政府は、たばこの専売の仕事を民間会社に譲ってからは、厚生省を中心に急に禁煙運動に本腰を入れ始めた。だれでも誕生日を迎えたら、その日から禁煙する運動を展開できないものか。健康な長寿の秘訣の一つは禁煙だと知ってほしい。
聖路加国際病院理事長(関西学院旧制中学部卒)
日野原重明著「いのちの器」より
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