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健康生き生き

vol.10
花冷え

老人のカゼは軽くても早く受診を

 桜の咲くころになってからも、冷えびえとする夜をむかえることがある。「花冷え」という表現は、自然の季節を敏感に受け止めてきた古き人々のゆかしい言葉である。

 もう冬の厚着や毛のものをしまって、心軽い春着にと思っているころの冷えは、 60を過ぎた人々はとくに厳しく感じる。

 老人は、一般 に寒さに弱い。春になっても毛のものを離すことはできない。夏でも冷房の風の吹き出し口の近くに立ったり座ったりしていると、皮膚がゾクゾクする。夏でも冬と変わらぬ 厚着のももひきをはずせぬ老人もいる。

 肺炎というと、冬にかかりやすいと一般 に思われているが、 案外、早春のころにかかる人が多い。肺炎といってもいろいろあり、年配の人が長患いで衰弱して動けず、じっと寝ていなければならないようなとき、看護をする人が、昼夜を通 して患者の体位を変換してあげないと、肺の血液の循環が悪くなって就下牲肺炎を合併することがある。

 そのような特殊な肺炎は別 としても、抵抗力のない人や老人はカゼから肺炎になることがよくある。花冷えの宵など、テレビを見ながらついからだに何もかけずに居眠りしてしまうようなことをきっかけに、カゼをひくことがある。

 人間のからだは、目が覚めているときは体温の調節がうまくいき、外気が寒いと皮膚の下の血管が収縮して体温の放散を少なくするようなはたらきが自動的に営まれるが、居眠りやうたたねなどをしているときは、この自動的血管反射がきかず、 体温が放散するのをうまく防げなくなる。そのため、体温を失いすぎ、からだが冷える。そうするとのどの粘膜にあるビールスや細菌が繁殖したりして、カゼの症状が現れる。

 カゼを本当に治すような薬はまだない。ただ、カゼのため咳が出たり、のどが痛かったりするのを一時的に止める薬はある。また、カゼのために出た熱を一時的とはいえ短時間で下げるアスピリン、その他の解熱薬はある。しかし、結局は私たちのからだが自然にカゼを治すのであり、薬は不愉快な咳や痛みや熱を一時的に抑えるにすぎない。

 ところが、インフルエンザといって、強い伝染力と激しい症状をおこすビールスに 感染(これにも積極的な薬はない)すると、これは患者から患者へと伝染する。これは流行するのでカゼと区別 がつきやすい。

 ただのカゼは、人には感染させることが少ないが、カゼぐらいと軽く考えて、 具合が悪くても普通に働いたり、外出してりすると、カゼからいろいろの病気が合併する。つまり、カゼのために全身の抵抗力が下がっているからである。日本では昔から「カゼは万病のもと」といわれてきたが、カゼをばかにしていると、肺炎をはじめ、いろいろの病気が起こる。

 老人の肺炎については、次のことを知っていてほしい。これは目立った熱もなく、大した咳もなく発病することがある。老人では平常時の体温は35,5度といった低体温の 場合が多い。36、8度であれば、平熱より1,3度も高く発熱していると考えたい。だから、老人は軽いカゼと思っても医師の診察を早めに受けられることをおすすめする 。老人は、心筋梗塞にかかっても目立った胸痛もないということさえある。少し調子が悪いと感じただけでも早く受診された方がよい。老人と家族のためにこのことを強調したい。

聖路加国際病院理事長(関西学院旧制中学部卒)
日野原重明著「いのちの器」より



 

 

 





 
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