vol.8
心身のリハビリ
周囲の接し方でボケは正常に戻る
戦後の医学の中での新しい展開の一つは、リハビリテーション医学である。リハビリテーションとは、病気や事故で身体に障害を受けたものを早く社会復帰できるように訓練させ、以前と同じとまではいかなくても、自立した生活ができ、ある程度の仕事につけるようにすることである。
昔は、脳卒中にかかった人に半身の運動まひが起これば、そのまま寝たきりになりがちであった。だが、いまでは発作で倒れた翌日から手足を動かせる処置がはやっている。また、関節が痛くて歩けないものは、温水プールで泳がせたり、歩かせたりしている。言語がうまく話せなくなった者でも、言語療法士(ST=スピーチセラピスト)の助けで上手にものが言えるような指導もなされている。
多くの医科大学にも、リハビリテーション医学や部門がつくられ、研究とともに患者の実地指導が行われている。
リハビリテーション医学には、医師以外に理学療法士(PT)という専門職が歩行や手足の運動を助けて、病人が自主的な生活ができるような患者訓練が行われている。一方作業療法士(OT)は、患者の不自由な手足を使わせて、何らかの作業をさせ、手足を使う手芸、絵画、その他のさまざまな作業ができるように訓練し、手足や関節の働きの回復を助けている。
以上のような患者のリハビリテーションがうまく行われるためには、
病院に独立した部門が作られて、PT・OTが患者を訓練しているのである。また温泉地などにはリハビリテーション専門病院があって、温泉療法と運動療法を兼ねてやっているところが数多くある。
このような内容のリハビリテーションに加えて、私は、最近、
脳のリハビリテーションという名で、痴呆(ちほう)老人予防の措置を案出している。老人が病気で入院する、たとえば骨折とか肺炎で入院し、安静をとらせ、ひとりでベッドに寝させられると、老人患者の物忘れはひどくなり、いまの時間や入院した場所や相手の人の見分けがつかなくなり、一見、老人性痴呆症になったように思われることが多い。
老人が何かの病気で入院して孤独になると、途端に老人は一時的に痴呆化しやすい。これをほうっておくと、持続性の本物の痴呆症になってしまうことが多い。
そこで老人が入院したときには、医師も看護婦も、付き添いの者も、みなが患者に絶えず話しかける、また、患者を孤独にさせておく時間を少なくする。そして、頭を使う宿題を患者に課して、常に脳を刺激するようにすると
患者を本物の痴呆症側に移さずにすみ、一過性の痴呆化から脱出させることができる。
家族の人も、また老人を病棟に迎えた看護婦も、患者が時間をとり違えたり、入院している場所を誤って理解したり、夜、病院の壁にかかっている額を仏壇と思って拝んだりすると、この老人は頭がぼけたと思ってしまい、それから先は
そのような老人として扱ってしまいがちである。
老人がそのようなぼけた発語をする場合には、誤りを訂正し、何回も言いきかせ、
正しい発語で言い直させるように指導をし、老人が日々のものごとに関心をもつようにさせることが望ましい。
入院直後の老人のぼけは、夜中に飛び起きて、ぼけた言動や発語をする、いわゆる寝ぼけのように一時的なものとして扱うことがよいと私は思っている。
聖路加国際病院理事長(関西学院旧制中学部卒)
日野原重明著「いのちの器」より
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