vol.4
心の中の春
健やかな魂はいつまでも生き続ける
28日はいよいよ官公庁の御用収めとなるが、私の勤める聖路加国際病院のような民間の病院は、12月30日までいつも通
りの診療態勢である。
大きな医学会があって多くの医師が出張すると、医師不足となり、助かる患者さんもいのちを失うということが起こるが、年末年始もよほど救急
態勢が整っていないと、同様の不幸が起こる。かかりつけの医師が何日かの学会後の旅行やゴルフに出かけた留守にあなたが発病した場合、どの施設に駆けつけるかは、各自があらかじめもくろんでおいたほうがよい。平素からよい救急施設やかかりつけの病院と連絡がとれるようにしておけば
何よりである。
日本の救急車を送る態勢はコンピューターでプログラムされてその出動は早いが、医師の同乗しない救急車内での患者の心肺蘇生術は、1992年
までは、救急士の訓練がないためこれが実施されずに終わっていたことは、文明国としては恥だと思う。
年末年始の休みの間にいちばん多い重篤な事故は、老人の骨折や肺炎である。また老人に壮年者を含めて多い心筋こうそく梗塞や脳卒中の発作の場合
は、骨折や肺炎同様、入院しないといのちを失う場合が多い。発病一時間以
内に入院の必要なのは心筋梗塞で、重い心筋梗塞の3分の1はこの間の急
変で入院が間に合わず、自宅で死亡する。
入院できた患者でも、以前は3分の1は入院中に死亡したが、24時間集
中的に監視できる施設(CCU)を備えた病院に入院すれば、死亡は6分の1か10分の1に減るというのが常識である。重いぜんそく発作のおこる恐れのある患者は、主治医の不在中予防的によく効く薬を飲むというのも一策である。
せっかく与えられた貴いいのちを、不用意のために失うことなく、最新の良心的医療に守られて年を越し、新春を迎えられることを強く望む。
読者の中に、冬の季節の中で、来年の春、夏、秋を期待できる健康が許されている多くの方にまじって、雪解けの春を心待ちしながらも春に出会うことがむずかしいと思われる寂しい人もあるかと思う。どうかそのような人が、苦しみに遭わなかった若き日の明るい春や夏の日、また苦しみの中にも秋の季節に生きる意味を感じた去りし日をまぶた瞼に浮かべ、この世に生きてきた意味があったとのおも想いにひたることができればと思う。「冬は終わった」けれど、心に春を描いてほしいと願うばかりである。
土の器のからだは朽ちても、その中に盛られた健やかな魂はだれかの心に生き続けられると思うからである。
聖路加国際病院理事長(関西学院旧制中学部卒)
日野原重明著「いのちの器」より
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