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健康生き生き

vol.3
糖尿病

「肥ゆる秋」でなく「心高める秋」に

 早稲田大学の村山義弘教授が「天高く馬肥ゆ」の言葉の起源は中国にあると書かれていた新聞記事を読んだことがある。この句は本来は、決してすがすがしい秋の姿を表す意味ではない。古代中国では、北方にひそむ匈奴(きょうど)という乗馬と騎射とを得意とする精悍(せいかん)な民族がいて、秋天高く、馬も丸々と肥えてきたころ、漢土の収穫物を求めて、この季節になると匈奴が南下するという。この騎馬軍団の来襲は中国人にとっては警戒し恐れるものとなった。秦の始皇帝が万里の長城を築いたのもそのためだったということである。

 言葉というものは使い方に変遷があり、今日私たちが使うこの中国の古い言葉には食欲盛んな平和な人間像が入れ替えられているのである。

 さて食欲のさかんな秋となるに際して、私が皆さんに十分注意したいことは、毎日の食事のとり過ぎや飲み過ぎの習慣で生活習慣病の一つとしての糖尿病にかかってしまうことが少なくないということである。

 糖尿病をもつ患者は全国で約250万人と推測されている。小児ではまれで、一万人に一人の割でインシュリン依存型糖尿病というものがあるが、糖尿病の大部分は大人になって現れるインシュリン非依存型という糖尿病で、これは三十歳を超えると増え出し、五十歳を超えると五%のものが発病する。

 糖尿病というと、昔は便くみとり屋さんが、お宅の方の尿は果 物が腐った時のような甘いにおいがするから、家族に糖尿病患者がいると注意することがあった。これは尿に糖分がまじって出るからである。

 しかし、糖尿病の本体は膵臓からのインシュリンというホルモン分泌の不足が原因して、血液中の糖分が増えすぎる(過血糖)ために起こる病気で、必ずしも尿中に糖が出るとは限らない。それでこの病気は、血液中のブドウ糖の量 を測って診断する。

 さて、この病気になると、その人の年齢以上に動脈硬化が進行し、目の網膜の血管が傷んで、視力が下がったり、また腎臓の血管を害して、腎不全、高血圧を招く。糖尿病の人は心筋梗塞(こうそく)にもかかりやすくなる。私の調査では、糖尿病の人が心筋梗塞(こうそく)にかかった時、胸痛が案外軽いので当人は発病を気づかないことがあることが分かった。

 このように糖尿病はそれ自体では死ぬ ことは少ないが、心臓や腎臓や血管を害して、それが命とりになるわけである。

 大人にくる糖尿病の大部分は遺伝的体質があり、甘いもの、その他の食物のとりすぎやアルコールの飲みすぎが続くと発病する。糖尿病の体質がもともとあっても、平素食べすぎや飲みすぎがなく、甘いもののとりすぎがないと発病しない。つまり平素の食事のとり方に注意し、甘いものを節し、食べる量 を加減して、太りすぎないようにすることで発病または悪化が防げる。

 これはまさに誤った食事習慣による病気、すなわち習慣病だということを覚えておいてほしい。戦争中は、食糧不足で糖尿病はまれにしかみられなかったが、食べるものが氾濫 (はんらん)する今日では、糖尿病は一番多い生活習慣病となっている。からだを太らせる秋でなく、心を高くさせる秋としてほしい。

聖路加国際病院理事長(関西学院旧制中学部卒)
日野原重明著「いのちの器」より



 

 

 





 
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