E-News & Songs        2021年9月9日 例会報告     南井克之

教材にJapan Times記事を使い、オンラインで行った9月度の勉強会。取り上げた記事は2つ、タイトルを和訳すると、開始直後の『待ちに待った東京オリンピックが漸く始まった』、終了後の『どんな尺度で見ても、並外れたオリンピックが終わった』。開始した時点の東京五輪の記事は、コロナ禍による一年遅れの準備や諸対策の為の予算超過、無観客による盛り上がり不足懸念などを記しているが、終了時点の記事は、当初の心配ごとを振り返りながらも、打ち出された諸対策や競技の実際の運営状況や結果について、英文記者による独特の鋭い表現力で書かれており、難解な英文面も数か所はあったが、日本のマスコミに載らない視点からの内容も多々あり、実に興味深い教材であった。

オリンピック開始直後の記事:コロナ禍による一年遅れの開催となり、競技は無観客で行われることが決まるなどの諸変化はあるが、人類が難関を乗り越え、互いを尊重するスポーツマン精神を披露する場にするという決意、即ち、人類が抱く五輪精神を証明するものになるであろうとの期待が記されている。一方、海外からの選手を含む来訪者が10万人にもなるので、コロナ禍対策の処方箋については、果たして機能するのか、途方もない冒険のようなものでもあること、また、競技の決勝戦になった段階で、予選通過者にコロナ禍の陽性反応が出て、決勝戦に臨めないというような悪夢も起こり得ると、ただ、今になれは、競技者が此れまで、人間の肉体・精神の限界を再発見しながら、頑張って成し遂げようとしてきた成果を、我々は祝い、応援するしかない・・・という文面で締め括っている。

オリンピック終了後の記事:特に心配していたコロナ禍の急激な増加もなく、色々なドラマ、驚嘆、十代前半の若い選手を含む参加者による、素晴らしいパフォ―マンスが披露され、数々の新記録が出たこと、また、今回が初めての競技も沢山あったが、全て無事に終わったと、記されている。体調に問題を抱える米国の有名な体操選手が 個人的偉業を達成する為に、単に金メダルに向かって無理に突き進ませることがないようにと、参加を止めさせた一件、五輪競技が何の為にあるのか?と、選手が所属するチームに優先順位を考え直させることに繋がった結果である、それは、皮肉にも競技が無観客で行われた状況にあったからこそであるとも書かれているのは、その通りであろう。閉会式については、2週間の数々の競技者よる素晴らしいパーフォーマンスに触発されたのであろう、その賑やかさは、無観客、有観客に拘わらず、あのようになっていたのではないか・と暗示させるだけのものがあった・・・と、始まる前の色々な懸念はあったが、競技全体が成功裡に終わったことを記事にしている。

なお、記事の締め括りは厳しいもので、今回の五輪は、コロナ禍が収束しないばかりか、感染第4波が押し寄せる中で開催されたこともあって、政治側の優先順位付け上の見当違いという開催前からの国民の懸念が、菅政権の支持率の低下に繋がったこと、また、開催に執着したIOCの独善的とも映る在り方も批判の対象となり、更に、どれだけが日本側の負担になるのか、精査待ちの発生費用は、数兆円になろう・・・と言及している。また、その費用のこともあって、2032年の五輪は、唯一立候補した豪州Brisbane 開催に決まっているが、終了したばかりの東京五輪のようには(賑やかなものに)ならないであろう、それは良いことだ・・・という文面で終っている。

We read two articles of The Japan Times on the Tokyo Olympics: the first article, issued right after the opening of the events under the title, “The long wait is finally over,” and the second one, issued after the closing of all the events under the title, “An extraordinary Olympics – by every measure.” The first article mentions that the Games will be a testament to the human spirit – the determination to overcome hardship and showcase sportsmanship, respect and our common humanity. The article writes about the hope that COVID-19 protocols will effectively work to control the spread of infection, but also writes, with 100,000 people coming to Japan in various capacities for the Games, that hope seems like taking the chance. The article continues, nevertheless, saying that we should enjoy and celebrate the accomplishments of the athletes determined to rediscover the limits of the human body and spirit.

The second article issued after the events mentions that the Games are finished by just about every measure in a success, with few mistakes, no crises and with no COVID-19 outbreaks. The Tokyo Olympics is written as one which will be remembered as the first to spotlight the mental pressures to which world class athletes like tennis player Naomi Osaka or U.S. gymnast Simone Biles are subjected. They have obliged the people and other competitors to reset priorities and remember what these Games are about: a celebration of individual achievement rather than a blind and all-consuming quest for gold. This sort of focus is written as made possible by the circumstances of these Games and, ironically or interestingly, by the absence of spectators.

The article is concluded on the possible outcome of the overall economics which will soon be under close scrutiny. It reports that the total of expenses might turn out to be multitrillion-yen. Depending on the outcome of the economics of the Tokyo Olympics, the article writes that the total budget for plans and design details for the 2032 Games, awarded to Brisbane, will be so influenced that they may be held hardly looking like the Olympics which has just ended in success in Tokyo.

Katsuyuki MINAMII

Reporting on September 15, 2021

 

追記:17日間の東京五輪が終わって2週間後に開催されたパラリンピックが、五輪と同じく無観客で13日間 開催された。勝負を超えて、互いを尊重する多様なアスリートの姿を際立させた。国威発揚を狙ったメダル至上主義とは異なる、スポーツの新たな価値を呼び起こさせたのは、間違いない。世界人口の15%が様々な障害を抱えているというメッセ―ジをしっかりと受け取り、人類の多様性を重んじ、応援したくなった次第。

KM 2021年9月15日 以上の報告書 提出

オンライン例会の様子